なぜ大学を留年したのか その4

前回の続きで、これが最後です。

僕は専門科目の単位を大量に落としました。
そこで、勉強の仕方を反省することにしました。
今までは、講義に出席して、直前だけ勉強して単位をとっていました。
これでは専門科目に対応できないので、僕はあることを始めました。
それは、予習と復習です。

予習は、授業の前日に教科書を声に出して読みます。
なぜ声に出すのかと言うと、読み飛ばさないようにするためです。
読むだけで内容は理解できませんが、これで講義内容を大雑把につかめます。

復習は、講義ノートを別のノートにきれいにまとめ直す作業です。
大学の先生はどちらかと言うと教えるのが下手です。
だから、講義ノートを読み返しても何書いてんだか分からないことが多いです。
なので、あとで読み返しても分かるようにまとめ直します。
また、数式の変形もなるべく自力でやるようにしました。

これらをやるのは、正直言って大変でした。
でも、大変な分だけのいいこともありました。
それは、ちゃんと講義が頭に入り、さらに内容を忘れにくいことです。
その証拠に、成績がかなり上がりました。
今までは「可」をとるので精一杯な劣等生でした。
それが今では、「優」や「秀」を安定してとれるようになりました。
そして、必要な単位を全部取り終えました。
あとは卒論を書けば卒業です。

大学を2回も留年し、普通の人よりかなり回り道をしました。
企業の人事担当者から見たら、筋金入りのダメ学生かもしれません。
でも、人に何と言われようが、この大学生活に後悔はありません。
そういえば、僕は「シンセサイザーを作りたい」という目的で大学に入りました。
(「なぜ大学を留年したのか その1」に書いてあります。)
そして、今現在、それを製作しています。
シンセサイザーの完成に着々と近づいています。
かなり大回りしましたが、最終的に目的を達成できそうです。
なので、回り道も後悔していません。
自分のやりたかったことをやり終えて、就職も無事に終え、卒業したいと思います。

以上で、「なぜ留年したのか」シリーズを終えたいと思います。
長い文章を最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
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# by blueshine6096 | 2010-09-06 16:50 | 留年生活 | Trackback | Comments(0)

なぜ大学を留年したのか その3

前回の続きです。

大学に毎日通えるようになり、単位も取れるようになりました。
最初は、1人で孤独に大学に通っていました。
しばらくして、留年生の友達が1人でき、大学生活が楽しくなってきました。
これでもう大学のことは全て大丈夫だと思っていました。
しかし、そのあと色んな嫌なことが起こりました。
それは以下の3つです。

①留年生の友達が学校に来なくなったこと

 大学2年の7月くらいに、留年生の友達が大学に来なくなりました。
 これでまた独りぼっちになりました。
 友達のいる大学生活があまりに楽しかったので、これはショックを受けました。

②学生実験が始まったこと

 大学3年になり、学生実験が始まりました。
 この実験のあとに提出する実験レポートがすごく大変でした。
 土日丸々使わないとできません。
 これが毎週ありました。
 この大変さは理工系の人ならよく分かると思います。

③専門科目が始まったこと

 大学3年で専門科目が始まりました。
 これがなかなか難しかったです。
 大学2年までの一般教養や基礎科目は講義に出席して、直前に勉強するだけで単位を取れました。
 しかし、この専門科目は、講義を何となく聴いているだけでは全然理解できませんでした。
 そして、どんどんと内容が難しくなり、ついていけなくなりました。
 結局、大量に単位を落としてしまいました。

3つの嫌なことが起こりましたが、①と②は何とか根性で乗り越えることができました。
しかし、③は乗り越えられませんでした。
僕は③の専門科目で単位を落とし、2回目の留年をしてしまいました。

どうやら、僕が甘かったようです。
講義に出席するだけでは専門科目の単位はとれないようです。
あと、今になって思うことですが、留年生の友達に電話でもしとけばよかったと思います。
そうすれば、もしかしたら彼も気を取り直してくれたかもしれません。
でも、当時の自分は大の電話嫌いだったので、電話できませんでした。
それを今思うと後悔しています。
いったんここで終了します。
次回が最後です。
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# by blueshine6096 | 2010-09-06 16:10 | 留年生活 | Trackback | Comments(0)

なぜ大学を留年したのか その2

前回の続きです。

僕は大学をサボりまくって留年しました。
これが1回目の留年です。
そして、春休みがもうそろそろ終わり、4月になろうとしていました。
僕は「大学を辞めようか」と考えていました。
しかし、結局辞められませんでした。
なぜなら、浪人してまで大学に入ったからです。
「浪人して大学に入った」とさらっと書いていますが、これは大変でした。
夏休み、冬休み、クリスマス、正月含めて、ずーっと受験勉強でしたから。
そのときにした苦労を思い出し、再び大学に通う決意をしました。

そこで、大学の講義のつまらなさに真正面から戦うために、僕はあることを始めました。
それは、「手帳の中に講義の出席簿をつける」ことです。
こんな感じです。
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講義に出席するたびに、出席簿に○を打っていくという仕組みです。

とはいえ、大学に半年以上も来てなかったので、「早く帰りたい、サボりたい」と思いながら、最初は足を引きづりながら、這いつくばりながら大学に行っていましたよ。
それでも、講義に出席するたびに、出席簿に○が増えていきました。
そして、出席簿を見ながら、「サボりたいけど、一日だけ頑張ってみよう」と思うようになりました。
それを繰り返しているうちに、いつの間にか毎日大学に通えるようになりました。
そして、つまらない一般教養の単位も取れるようになりました。

この方法は今も使っています。
正直言って、今でも大学に行きたくないときがあります。
でも、これのおかげで全然サボらずに通えています。

さて、長々とかきましたが、これでようやく半分です。
あとは2回目の留年の話をします。
いったんここで終了します。
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# by blueshine6096 | 2010-09-06 15:23 | 留年生活 | Trackback | Comments(0)

なぜ大学を留年したのか その1

こんにちは、留年ブルーです。
クレジットカードを申し込み、日雇いのバイトにも登録しました。
もしかしたら、明日か土日には働けるかもしれません。
2日ぐらい働けば、せどりのお金(1週間分)の準備ができるでしょう。

ところで、僕のハンドルネームは留年ブルーです。
なので、今日は大学を留年したことについて書きます。
もしかしたら、共感できるところがあるかもしれません。

そもそも、なぜ留年ブルー大学に進学したのでしょうか。
それは「シンセサイザーを作りたかったから」です。
シンセサイザーを作るためには、電子回路の知識が必要だと思い、電気電子系の学部に入りました。
(一度受験に失敗し、一浪して大学に入りました。)
負け惜しみですが、最初はやる気あったんです。

しかし、大学に入学しては見たものの、自分の思い描いていたものとは違っていました。
特に、大学の講義のつまらなさにはショックを受けました。
当時の講義は一般教養ばかりで、電子回路とは全く関係ありませんでした。
また、大学の先生も「学生に分からせよう」という気持ちが感じられませんでした。
そして、毎日のように「大学行きたくない」と思い始めました。
そんな不満が積み重なり、6月には大学に登校しなくなりました。
そして、6月~3月(1年次終わり)までずーーっと大学をサボっていました。
結局僕は留年しました。
当時は三河方面の実家から大学に通っていたので、講義のある日はちゃんと大学に行ってるふりをしていました。
そして、途中の駅に降りて、本屋で立ち読みしたり、喫茶店でのんびりしたりしていました。
また、わざと豊橋駅や浜松駅などの遠くの駅に行って、街をぶらついていました。
当時は「もう大学なんかどうでもいい。」と思い、完全に現実逃避していました。

でも、今思うとこの現実逃避もけっこう楽しかったです。
1人で冒険しているような感覚でした。
できれば、もう一度やってみたいですが、今はお金がなくてとてもできません。
当時は実家暮らしだから、稼いだお金のほとんどを遊びに使えていました。
今は1人暮らしだから、ちょっときついですね。
でも、年に1回ぐらいはこういうサボりをやってみたいです。

すみません、話がそれてしまいました。
この話はけっこう長いので、何回かに分けて書くことにします。
というわけで、いったん終了します。
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# by blueshine6096 | 2010-09-06 14:44 | 留年生活 | Trackback | Comments(0)

なぜバイトを辞めたのか

ところで、せどりとは関係ありませんが「なぜバイトを辞めたのか」について書いていきます。
実は、まだバイトを辞めてから後ろ向きな自分がいます。
なので、ここで文章を書いて自分自身を吹っ切れさせようと思います。

なぜ2年続けたバイトを辞めたのか。
簡単に書くと、以下の通りです。

 ①労働時間が短かった

  僕は夜間の大学に通っています。
  なので、夕方になると作業を途中で切り上げて帰っていました。
  一方、僕の周りは30~40代のフリーターが多かったです。
  彼らは当然最後まで働けます。
  最近、会社の経営が厳しいとは聞いていました。
  なので、労働時間の短い僕を解雇したのでしょう。

 ②就職がなかなか決まらない

  僕は2年留年しています。
  さらに、世の中は就職難です。
  当然、いくら就活しても就職が決まりません。
  そして、就活を一生懸命やると、今度はバイトを休みがちになります。
  かといって、就活がいつ終わるかも分かりません。
  雇う側から見れば、いつまでもバイトを休みがちな人に見えます。
  だから、会社は僕を解雇したのでしょう。

この二つは客観的な理由です。
しかし、僕はそれだけが理由じゃないと思っています。
なぜなら、僕はこのバイトに楽しさを見出せなくなっていたからです。
(ちなみに、バイトの内容は「物流会社の倉庫内作業です。」)
表面上は、真面目に仕事をこなしていましたが、「何か全然面白くない」といつも思っていました。
しかし、それは決定的な辞める理由じゃないので、「面白くても卒業までやりきろう」としました。
そして、良いタイミングで上司に「辞めろ」と言われたので辞めました。

じゃあ、いったい何が面白くなかったのでしょうか。
それは「バイトの人たちの話題」でした。
2年以上働けば、それなりに他のバイトと親しくなれます。
しかし、2年経つとだんだんと彼らの毎日話す同じような話題に飽きていました。
彼らの話す話題は以下の通りです。

 ①人の悪口

  これはどこにでもあると思います。
  昼休み、休憩、飲み会で、いつも超ワンパターンな悪口で盛り上がります。

 ②テレビ

  彼らはなぜか「目覚ましテレビ」の話題しか話しません。

 ③パチンコ

  「パチンコで3万すった、5万すった」という話を毎月聞きます。
  もちろん、パチンコをやるのは個人の自由です。
  しかし、お金がもったいなさ過ぎます。
  1人暮らしの僕は恐くてできません。

 ④特定の人をいじって笑いをとる

  その特定の人も1人しかいません。
  しかも、笑いの取り方も超ワンパターンです。
  これも昼休み、休憩、飲み会で毎回毎回そのたびごとに出てきました。

今では、会社の経営が厳しくなって、新たなバイトを採用しなくなりました。
なので、ずーーーーっと全く同じメンバーでやっていました。
そして上記の①~④が2年ほど続きました。
あなたはこれをどう思いますか?
僕はもうあまりのくどさにうんざりしてしまいましたよ。
例えて言うなら、毎日毎日見飽きた映画を無理やり2年間鑑賞させられている感じでした。
もう、面白くないを通り越して頭が変になりそうでした。
どうでしょうか?このくどさは伝わりましたか?

しかし、彼らの顔を見るとすごく楽しそうです。
ずっと超ワンパターンな内容で爆笑しています。
僕はこれを見て、「うわあ、つまんない人たちだなあ。この人たちみたいになりたくない」と思いました。
そして、運良く「辞めろ」と言われたわけです。

こうして振り返ってみると、辞めさせられて正解だったかもしれません。
今はもうつまらない話に付き合う必要もありません。
こんなつまらない人たちとも縁がきれたことだし、今度はせどりで新たな道を切り開いて行きたいと思います。

  
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# by blueshine6096 | 2010-09-01 02:42 | 戯れ言 | Trackback | Comments(0)