突然ですが、僕が大学卒業後に派遣されたときのことを思い出してみましょう。
2011年に大学を卒業後、工作機械メーカーに派遣されました。
2年ぐらいこの職場で働いていましたが、この職場がいちばん辛かったです。
工作機械メーカー勤務と言っても、技術的なことは仕事としてやっていません。
強いて言うならその補助業務で、毎日、Excel等で書類を作る事務みたいな仕事内容でした。
書類の1文字間違えただけで何時間も怒られるようなクソな職場でした。
あまりにも嫌で会社を辞めようと思いましたが、派遣の営業に止められて渋々続けました。
せっかく理工系の大学を卒業したので、もっと技術的な仕事をしたいと考えていました。
なので、会社内の講習会に参加したり、技術的な内容で分からないところを聞いたりしました。
それで、上司から「そろそろ半熟卵君にも技術的なことをやってもらおうかな」という話が出ました。
「それじゃあ、工作機械のプログラミングの勉強をしよう」という話が具体的に決まりました。、
しかし、その後すぐに会社の経営状況が悪くなり、派遣切りに遭いました。
結局、技術的なことは何一つ身に着けることができずに終わりました。
…
本当は辞めたくて仕方なかったのに、派遣の営業に止められて頑張って通勤したわけです。
でも、…
何の意味もねええええええええええええええ!!!
…
それが当時の自分の心の叫びでした。
自分のやってきたことが何一つ報われることなく終わりました。
それから数年後、僕は職業訓練校に通い始めます。
CAD/CAM技術科という機械系の職業訓練をやっています。
あるとき、製図の講義の「幾何公差」という内容を教わっていました。
講師が言うには、このあたりは製図の中でも難しい内容らしいです。
でも、自分はなぜかそんなに難しく感じませんでした。
データム、真円度、真直度、…といったいろんな用語が出てきましたが、それらは工作機械メーカーで何度も耳にしたことがある言葉でした。
脳みその奥の奥にしまい込んだ記憶が一気に引き出されました。
そして、講義の内容が難なく理解できました。
まさか工作機械メーカーのクソみたいな日々がここにきて役に立つとは思いませんでした。
当時は全く意味が分からなかったけど、それが約5年の月日を経て理解できて感激しました。
ようやくここにきて、クソみたいな日々が報われました。
まだ自分がこんなこと言うのは早すぎるかもしれませんが、人生分からないものですね。
もしかしたら、このブログの読者の方の中に不遇な毎日を送っている人がいるかもしれません。
でも、その不遇な日々が思いもかけない形で役立つときが来ると思います。
どんなふうに役に立つかは僕には分かりません。
それは自分でちゃんと生きて確かめてみてください。
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